しあわせ2

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カヤハラさんから二番目のバトンをいただきました、エノモトです。

桜の蕾が綻び、満面の笑みで咲き誇る季節ですね。

個人的に桜は晴れた昼に見るのが一番好きです。

パステルピンクと昼の空色が混ざり合い、そこに少し黄色味を帯びたお日様の光が温もりを加える、言葉では言い表せられない美しさを好ましく思います。

ところで、この配色なんだか既視感があると思いませんか。

上記を書き進めている最中に気づいたのですが、自社の鳥ロゴと同じカラーリングなんです。シンプルながらに印象に残るロゴだなと改めて思いました。

昼の空と桜

さて記念すべき五回目のお題は「しあわせ」です。

広いお題ですね。こちらのお題を耳にした際に、二つのことが頭によぎりました。

一つ目は幸せの定義についてです。

よく聞くのは、人間の三大欲求についてだと思います。

ただそれだけですと、一応人間として文化的な最低限度の生活が保障されている自国では国民全員が「しあわせ」になってしまいますね。

もちろんそれを否定するわけではないですが、「しあわせ」の感じ方は人それぞれですし、それだけでは足りない人がいることも事実です。

その「足りないものは何か」の補足が、二つ目の「幸」の漢字についてです。

「辛」いと「幸」せは、真逆の意味であるのに漢字だけを見ればよく似ています。差異は「一」があるか否かです。

これは辛い中でも何か「ひとつ」でも辛くないものがあれば「幸」足り得るからだそうです。

他人からみたら辛そうでも、当人がそれを「楽しい」と感じていれば「しあわせ」なのですから。

「しあわせ」のとらえ方は人それぞれです。

と、ここまで長く述べましたが私個人の「しあわせ」はすごく単純です。

美味しいものを食べたら美味しくて「しあわせ」ですし、

自分が楽しみにしていたことを存分に楽しむことも「しあわせ」です。

また、綺麗なものを知って実際に目で見る事だって「しあわせ」ですし、

ずっと欲しかったものを手に入れるときなんて喜ばしくて「しあわせ」です。

しかし、幸せのみだと飽和してわからなくなると思います。

人はわがままな生き物なので、「しあわせ」が当たり前になれば、その上を目指そうとするからです。

先ほど漢字の「辛」と「幸」について触れましたが、これは言い得て妙であると痛感します。

好きなことばかりでは駄目です、適度な「ひとつ」をぬいた「辛」があるからこそ、「幸」は輝くのです。

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